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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)467号 判決

上告人

嶋本利彦

右訴訟代理人

花村哲男

被上告人

西村元子

右訴訟代理人

小野武一

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

右部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人花村哲男の上告理由について。

原審の確定した事実および右事実関係のもとにおいて原審のした判断は次のとおりである。

本件建物はもと訴外田中重雄の所有であつたが、田中および訴外田中被服株式会社は、連帯債務者として、昭和三三年五月一二日上告人から、弁済期同年七月一一日、利息年一割八分、利息の支払期限毎月一一日、利息の支払を一度でも遅滞したときは日歩九銭八厘の割合による遅延損害金を支払う旨の約定のもとに二〇万円を借り受け、田中は、その担保として、本件建物につき、上告人を権利者として抵当権を設定するとともに、田中らが右期限に右債務の弁済を怠つたときは、上告人は、代物弁済として本件建物の所有権を取得しうる旨の代物弁済予約をなし、即日その旨の抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の各手続をした。右予約締結当時には、本件建物については、田中を債務者として、訴外殖産住宅相互株式会社(以下、殖産住宅という。)を権利者とする抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記、ならびに訴外株式会社福徳相互銀行(以下、福徳相互という。)を権利者とする根抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記があり、右先順位の各担保権を負担した状態における本件建物の当時の価値は、少なくとも七〇万円を超えるものであつて、上告人と田中との間の右代物弁済予約は、金銭債権の担保を目的とするものと解すべきものである。上告人は、前記各登記手続を経由したのち、昭和三三年五月一五日右抵当権の共同担保物件として田中より本件建物の敷地の提供を受け、その旨の共同担保物件追加の登記を経由し、さらに、田中に対して金銭の貸与を続け、その合計額が一五〇万円となつたので、昭和三四年二月二八日田中との間で、前記代物弁済予約に基づく二〇万円の貸金債権の元利、損害金の代物弁済およびその後の貸付金一五〇万円の債権の元利金の代物弁済として、本件建物を殖産住宅および福徳相互を権利者とする前記各担保権を負担した状態のままで上告人において取得する旨の合意をしたうえ、同年四月二〇日本件建物について上告人を取得者として右代物弁済を原因とする所有権移転の本登記手続を経由した。ところが、上告人と田中との間の右代物弁済契約の成立に先き立ち、昭和三三年七月被上告人と田中との間に、田中は被上告人に対し本件建物を代金七〇万円、代金の支払方法は即日四五万円を支払い、残額二五万円は後日所有権移転登記手続と引換えに支払う、特約として、田中の殖産住宅に対する債務は被上告人において引き受け、割賦弁済する旨の売買契約が成立し、即日被上告人は田中に対し四五万円を支払い、ついで同年八月五日被上告人と田中の間に、将来万一右売買契約が履行に至らないで解消される場合に備えて、被上告人の田中に対する前記支払済みの売買代金および立替金の返還請求権を担保するため、右返還義務不履行の場合には、その代物弁済として田中から被上告人に対して本件建物所有権を譲渡する旨の代物弁済予約がなされ、翌六日本件建物について権利者を被上告人として代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続がなされた。

以上の本件建物についての権利関係によると、上告人と田中との間に昭和三四年二月二八日に締結された代物弁済契約は、前記二〇万円の貸金債権の元利、損害金の代物弁済に関するかぎりでは、上告人を権利者とする前記仮登記のある代物弁済予約の完結行為に該当するが、その余の債権の代物弁済の関係では、予約に基づかない新たな代物弁済契約であるところ、上告人を権利者とする代物弁済予約を原因とする右仮登記よりも後順位で、かつ、上告人を取得者とする代物弁済を原因とする前記所有権移転登記よりも先順位の登記として、被上告人を権利者として代物弁済予約を原因とする前記仮登記があるので、上告人は、右二〇万円の貸金債権の元本と民法三七四条が準用される結果最後の二年分の損害金について被上告人に優先して弁済を受けることができるだけで、その余の債権については、被上告人を権利者とする右仮登記上の権利によつて担保される債権に優先して弁済を受けることはできないわけである。したがつて、本件建物の時価が殖産住宅および福徳相互の各担保権の被担保債権額と上告人の田中に対する右二〇万円の元本と二年分の損害金の合計額を超過する計算になるならば、被上告人は、上告人から右超過額の範囲内で、被上告人を権利者とする右仮登記上の権利をもつて担保される債権の弁済として、清算金の支払を受けうる地位にあるわけである。

さて、上告人の本訴請求は、上告人が昭和三五年法律第一四号による改正前の不動産登記法に基づいて、昭和三三年五月一二日受付の上告人を権利者とする仮登記に基づいて昭和三四年四月二〇日受付で所有権移転登記を受けたので、右仮登記より後順位の昭和三三年八月六日受付の被上告人を権利者とする仮登記は抹消さるべきものであるから、被上告人に対してその抹消登記を求めるというのであるが、右の場合においても、被上告人から清算金の支払を受けうる地位にあるから、上告人の右仮登記抹消登記手続の請求に対し、右清算金の支払いと引換えにのみ被上告人を権利者とする前記仮登記の抹消に応ずる旨の主張をすることができる。

本件建物については、殖産住宅を権利者とする抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする仮登記は昭和三四年一〇月六日受付で同年九月八日の弁済および解約を原因として、また、福徳相互を権利者とする根抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする仮登記は同年一〇月一二日受付でいずれも同年一〇月九日の解約を原因としてそれぞれ抹消登記手続がなされているので、各担保権の被担保債権がその頃皆済されているものと認められるところ、被上告人は、前記売買契約の特約の一部の履行として、田中の殖産住宅に対する債務につき、田中に代位して、昭和三三年七月三〇日から昭和三四年二月一九日までの間に合計五八万二九一二円を支払つた。なお、本件建物の前記先順位の担保権が消滅し、その負担のない現在価額は、最少限に見積つても二〇〇万円を超える。

以上の事実関係によると、本件建物の価額をもつて決済さるべき現存の債権は、第一順位として上告人の田中に対する貸金債権元本二〇万円とその二年分の損害金一四万三〇八〇円合計三四万三〇八〇円、第二順位として被上告人の田中に対する売買代金四五万円、前記立替金五八万二九一二円の返還請求権合計一〇三万二九一二円およびこれに対する右返還請求のあつた日の翌日である昭和四五年一二月一七日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員(ただし、民法三七四条の準用により二年分を超えることはできない)があり、上告人の田中に対するその余の債権は第三順位にあたる。

以上の理由により、被上告人は、上告人に対して、上告人から前記第二順位の債権の支払を受けるまで、被上告人を権利者とする前記仮登記の抹消登記手続をすることを拒否することができるが、右債権の支払があつたときは、その支払と引換えに右仮登記の抹消登記手続をしなければならない関係にあるというのである。

原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、原審が前記第一順位の上告人の二〇万円の貸金債権元本に対する利息、損害金のうち、上告人が優先弁済を受けうるのは最後の二年分の損害金のみであるとする点、および被上告人は、前記第二順位の被上告人の債権一〇三万二九一二円に対する昭和四五年一二月一七日以降支払済みに至るまで年五分の割合の金員をも清算金としてその支払を求めうるとする点を除き正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められず、論旨は採用することができない。

職権をもつて考えるに、原審は、前に述べたとおり、上告人が第一順位として本件建物の価額から優先弁済を受けることのできるのは、前記二〇万円の貸金債権の元本と民法三七四条が準用される結果、その利息、損害金のうち最後の二年分の損害金であるとして、優先弁済を受けうる利息、損害金を制限しているが、債権担保を目的とする代物弁済の予約につき同条を準用してかかる制限をなすべき根拠はなく、上告人は右制限を受けないで本件建物の価額から元金二〇万円、その利息、口頭弁論終結時までの損害金の優先弁済を受けうるものと解するのが相当である。そうすると、本件建物の価額が最少限に見積つても二〇〇万円を超えるものであるというだけでは、原審の説示するような清算金額の支払を上告人に命じえないことは計数上明白であつて、原審としては、さらに本件建物の評価をし、その価額と右に述べたところに従つて算出される上告人が優先弁済を受けうる債権額との差額が被上告人の債権額以上になるのでなければ、右のような結論には達しえなかつたものである。

また、前述のように、原判決は、被上告人は、上告人に対し、被上告人の田中に対する返還請求権合計一〇三万二九一二円とこれに対する返還請求のあつた日の翌日である昭和四五年一二月一七日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を清算金として請求しうる旨説示しているが、清算金としては、元本とこれに対する口頭弁論終結の日までの利息ないし損害金しか求めえないものと解するのが相当であるところ、本件記録に徴し明らかなように、原審口頭弁論終結の日は昭和四五年一二月一六日であつて、右説示するところからして、被上告人は、その翌日である同月一七日以降は、被上告人の右返還請求債権に対する年五分の割合の金員を清算金として上告人に対し請求しえないものというべきである。

したがつて、原判決には、以上の点につき、法律の解釈、適用の誤り、審理不尽の違法があるものといわなければならない。

よつて、原判決中上告人敗訴部分を破棄し、さらに審理を尽させるため右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸盛一)

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